カイザーがオレのアパートに迎えに来てくれた時からオレの答えは決まっていた。
カイザーがオレを必要としてくれるのなら例えそれが、どのような道へと続いていたとしても・・・。
「この生活を続けられるなら・・・、オレは・・、悪魔に魂を売っても構わない」
オレは、正直な想いを口にした。
この生活を続けられるならオレはもう・・・失うものは何もない。
「・・・十代。ふっ。まぁ、あまり深刻に考えるな。やる事はGXの時と変わるわけじゃない。依頼先と報酬が変わるだけだ」
オレの決意を聞いたカイザーは優しい口調で声を掛けてくれた。
カイザーの言う通り・・・。
殺しは、殺し。
今までオレがしてきた事と何かが変わる訳じゃない・・・。
自らの決意を確かめるようにオレは自分自身に言い聞かせる。
・・・プルルル―――
!
電話・・・。
この家に来てから初めて電話が掛かってきた。
オレに目配せをしてカイザーは電話を取りに向かった。
「はい。・・・アンタか。あぁ、メールは受け取った・・・」
メール・・・このメールの送信者との会話・・・なのか・・・?
カイザーは電話の相手と慣れた感じで会話をしている・・・。
この電話の相手がメールを送ってきた人物なら殺しの依頼主・・・?
・・・闇の世界が現実味を帯びる。
「ん。分かった。うん?あぁ、大丈夫だ。今から向かう」
電話を終えたカイザーはオレへと振り向き、名を呼んだ。
「十代!」
「カイザー」
カイザーは、オレの元へと歩み寄りながら『これから人と会ってくる』と言う。
このメールの差出人、殺しの依頼主との直接交渉・・・?
・・・カイザーと言えども少し危険過ぎじゃないだろうか・・・?
そう思って尋ねると、カイザーは首を横に振った。
「いや、今の電話は殺しの斡旋をしている奴だ。直接の依頼主に、ここの番号を知られてしまうと厄介だからな」
・・・なるほど。
依頼者とは直接会わずに一枚、ブローカーを噛ませているのか。
・・・納得は出来るけどカイザーの身に不安を感じずにはいられない。
オレが不安げな表情で見つめているとカイザーは左腕でオレを抱き締め、優しく微笑み・・・唇を合わせてきた。
「ッチュ・・・ん、んん・・・」
「ん、んん・・・」
暖かく、優しいキス。
オレの胸に広がる不安を掻き消してくれる。
この生活を続けられるなら・・・オレは・・・。
・・・カイザーの優しさに包まれながらオレは悪魔と契りを交わす。
「行ってくる」
抱きかかえていた左腕の力を緩め、離れたカイザーがそっと呟く。
オレを見つめながら、そう言葉を残してカイザーは出掛けて行った・・・。
「気を付けろよ・・・」
カイザーの背中を見送りながらオレはカイザーの身を案じていた・・・。
深夜・・・日付が変わり既に各沿線の終電も過ぎた頃。
オレとカイザーは車で現地へ向かった。
スクランブル交差点を過ぎた一つ目の路地へ入り車を停める。
エンジンを止めたカイザーが助手席に座っているオレに指示を出す。
これからオレが実行する作業の内容を淡々と話し始めた。
「ターゲットは名蜘蛛コージ。三十五歳。職業:娼婦斡旋業者。これが、写真だ」
カイザーは事務的にターゲットについて説明し、オレに写真を手渡す。
「ソイツは家出少女をを手籠めにして、飽きたら売る腐った男だ」
淡々と説明していたカイザーが蔑視した口調へと変わった。
・・・カイザーが最も憎むタイプの人種だ。
カイザーだけじゃない。
確かにオレもこういう奴には嫌気がさす。
「酷い奴だ・・・」
「あぁ。・・・もういいだろう。写真をこっちに」
名蜘蛛の写真を眺めながらオレが呟くとカイザーが写真を取り返した。
「ターゲットの顔を覚えたか?」
「あぁ」
「じゃあ、これはもう用なしだ」
カイザーは取り上げた写真に火をつけて燃やし・・・写真は瞬く間に灰と化した。
「資料は覚えたら、すぐに燃やせ」
オレは黙って頷いた。
カイザーの言わんとする事は聞き返すまでもない。
「今の時間、奴はキャバクラの客引きをしている。そこを狙え」
「分かった」
「さ、行って来い」
軽くオレの右肩を叩き、促される。
オレを見つめるカイザーの瞳を見つめ返してオレは夜の街へ飛び出した。
名蜘蛛を撃ち抜く為、通りに隣接している雑居ビルの非常階段を上るオレの足音だけが響き渡る・・・。
『ナグモコージ・三十五歳。男』
『どんな女だろうと食う、節操なし。依頼者は、恋人を売られた事を恨み報復を決意』
『オレは何故、ナグモを殺す?』
「いた」
『・・・コイツが死ねば、泣く人間が減るから?』
『いや・・・・・・。考えても無駄だ。オレは・・・・・・』
「名蜘蛛コージ・・・、お前が作った狂気の世界・・・。滅ぼしてやる」
「グゲェッェェ!」
「キャー!!」
「ひ、人が死んでる!!」
崩れ落ちる名蜘蛛の姿に通りすがりの女が悲鳴をあげる。
深夜とはいえ繁華街。
すぐに戻らないと人目に触れてしまう。
女の悲鳴で集まりだす人波に飲まれないように階段を駆け下り、走って、走って・・・オレは闇の世界へ飛び込んでいった。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
騒ぎが大きくなる前にと現場から走り去ったが・・・この辺りまで来ればとりあえず大丈夫だろう。
・・・立ち止り呼吸を整えようと大きく息を吸い、吐き出すと名蜘蛛の断末魔と通りすがりの女の悲鳴が脳裏に蘇る・・・。
・・・自ら飛び込んだ闇の世界・・・もう後戻りは出来ない。
選んだ道を惑わす過去のプライドや正義感を振り払いながら再びオレは歩き出した。
「あれ?おい、十代?」
!
誰だ・・・?
オレを待つカイザーの車へと足早に向かう途中、突然背後からオレの名を呼ぶ声。
驚きのあまりオレは歩みを止めてしまった。
カイザーが待つ車はもう見える距離まで来ているのに・・・。
背後からは立ち止まったオレに走り寄る足音が近づいてくる・・・。
「やっぱり、十代だ!良かった、人違いだったら速攻で逃げなきゃならないよな。ははっ」
「ヨ、ヨハン・・・。な、なんで?」
走り寄る足音に振り向くとそこにはヨハンの姿があった。
何故、ここにヨハンが?
まさか・・・見られていた?
オレがナグモを殺したところを・・・。
全身から血の気が引く。
「いや〜、今日さ、MENZ-STYLEの表紙の撮影だったんだ。スタジオがこの近くでさ、その帰り」
「あ、あぁ、・・・そう」
まともにヨハンの顔を見られない・・・。
ヨハンのこの様子からすると偶然鉢合わせしたようだが、オレは曖昧な相槌しか返せなかった。
「・・・にしても、十代・・・こんな時間に、珍しいな??」
何て答えれば・・・こんな時間に出歩いている理由・・・・・・。
とっさに『野暮用があって』と言葉を濁してみる。
「野暮用?」
ヨハンは不思議そうな顔でオレを見つめる。
続けてヨハンが何か言おうとしたその時・・・。
車のクラクション!
・・・カイザーだ。
こんな時間に出歩く理由なんてオレにはない。
不自然な理由を無理に言うよりこの場を後にした方が根が素直なヨハンには得策だろう。
「あー、ごめん、ヨハン。オレ、人を待たせてるんだ」
「え、そうなのか?じゃあ、また今度会おうぜ!」
「オレ、引っ越したから・・・」
「へぇ〜・・・。分かった。じゃ、携帯に電話するよ」
「あぁ・・・。じゃ、じゃあな」
オレは手短に挨拶を切り上げカイザーの待つ車へと駆け出した。
息を切らして車に乗り込むと、カイザーはバックミラー越しにヨハンを見つめながら聞いてきた。
「アイツは!?」
「あっ・・・、アイツは・・・高校からの、・・・オレの友達だ」
オレの回答に、カイザーが鋭く問い掛ける。
「見られたのか?」
・・・見られてはいないだろう・・・。
冷静になって考えれば名蜘蛛を撃ち抜いたビルの階段からは随分な距離を走ってきている。
それに、もし見られていたならヨハンも普通に話し掛けては来ないだろう。
オレは首を振り、偶然そこで鉢合わせした事を伝えた。
「アイツ・・・、何処かで見た・・・」
どこか腑に落ちない様子のカイザーにヨハンがタレントである事・・・好感度一位で、テレビや雑誌で姿を見ない日はない事を説明すると遠ざかるヨハンの背を追いながら一応は納得してくれた。
「そうか。・・・帰るぞ」
窓から明るい日が差し込むリビング。
オレとカイザーが暮らす部屋には安息の時間が流れていた。
カイザーはソファーで気持ち良さそうに眠っている。
オレはテーブルに腰掛けカイザーの寝顔を眺めていた。
ずっと・・・いつまでも、この幸せが続くといいのに・・・。
・・・。
オレの携帯?
突然鳴り出した携帯を見るとヨハンからの電話だった。
・・・何だろう・・・?
『あ、十代ー?あのさー、今、暇?ちょっとお茶しないか?』
行く
行かない